ツイッターで色々発信していたら、問題解決に関する投稿にいいねが集まった。多かれ少なかれ、「問題解決」ということに関心を寄せているということだろう。140文字の世界はあまりにも制限が多いので、ブログという媒体でちょっと踏み込んで書いてみることにする。

心理屋になり始めたばかりの岩国怜

もうずいぶん昔のような気もするが、自分が心理支援を始めたばかりのことを思い返してみると、「問題解決」の罠にはまっていたように思う。クライアントさんも問題解決を求めてくるし、それにこたえられない自分は臨床家として不合格なのではないかとずいぶん悩んだものである。

「なんとかクライアントさんの思いに答えてあげたい」という気持ちの裏返しなのだから、それはそれでポジティブな気持ちのようにも思う。

しかし、冷静に考えてみるとこの気持ちはクライアントさんの想いにこたえられない「自分」というある種のナルシシズムなのではなかろうかと今は感じている。もちろん、その自分のナルシシズムの課題が完全に解決したわけではないのだが、ちょっとは俯瞰して見れるようになったのかな。そうでありたい。

合理的解決が可能ならカウンセリングにはこない

カウンセリング場面に来る人は確かに困っている。葛藤も抱えている。だけれども、その困難や葛藤が合理的解決可能なものではないのだ。例えば、ギャンブルがやめられなくて借金が沢山ある人のことを考えてみよう。(もちろんフィクションの事例です)

「毎月給料の額よりも多くのお金をギャンブルに使ってしまいます。婚約中の彼女がいますがそのことを切り出せずに困っているのです。どうすればいいのか自分でもわからなくて」

もう自分の生活は破綻している。それをどうにかするためにはギャンブルをやめるしかない。自分の生活が破綻していることをこの先生活を共にする彼女に伝えないといけない。いや、でももしかしたら言わなくてもどうにかなるかもしれない。

クライアントさんにはいろいろな想いがあることでしょう。

もちろん、最終的にはギャンブルをやめられればこの困難や葛藤は解消するでしょう。でも、大切なのはギャンブルをやめるのはセラピストではなくクライアントなのです。

「やめなきゃいけないのはわかっている、だけどやめられない」という葛藤を持った人に「やめないとどうしようもないですよ」と言葉かけをしてもあまり意味はないのかなと感じています。同様に、まだ葛藤を抱えている人にCBTでアプローチしても劇的な効果がでるのか?とも思ってしまいます。

何か特効薬のようなもので、すぐにギャンブルがやめられたりするというのは正直眉唾かなと思っています。合理的な方法で、クライアントさんの葛藤が解決するならそもそもカウンセリングなんてものにはたどりつかないでしょう。

カウンセリングは無力か?

「葛藤を解決できないならカウンセリングなんて無意味じゃないか」

こんな声はよく聞きます。実際、そのような葛藤(自分が臨床家であることとカウンセリングは無意味じゃないかと感じること)を私が抱えることも少なくありません。困難なケースであればあるほど、無力感に直面します。同時に、そのどうしようもない無力感はクライアントさんも抱えているものではないでしょうか。ここにこそ、カウンセリングの力があると私は信じています。

臨床家は、問題解決の専門家でも何でもありません。

「この心理療法を使えばあなたの葛藤は解決しますよ!」なんてことはないのです。様々な心理療法やアセスメントは、ランタンみたいなものです。クライアントさんの葛藤という真っ暗闇の中を、クライアントさんと一緒に歩くためにちょっと足元を照らすランタンなのです。暗闇の中を歩くクライアントさんを、神の視点で「そっちじゃないよ、こっちだよ」というのではなく、その暗闇の中に飛び込んで一緒にその世界を味わうことこそ臨床家に出来る一番の強みであり、カウンセリングの力だと思います。

事例に対して岩国だったらどうするのか

先ほど出した、ギャンブル依存の例ですが、岩国だったらどうするのかというのを提示しておきたいと思います。ただ、正直ありそうな事例を適当に考えただけなので、何かを明確にお示しできるわけではありません。

もし、岩国が先ほどの事例の担当だったら、まずは沢山お話を聞いてみると思います。自分の葛藤が言葉にならない方であることも予想されますので、私自身が彼の葛藤や置かれた状況を理解できるまで十分に話を聴くことが必要だと思います。下手すれば10回もしくはそれ以上の回数を見立てに使うことも予想できます。

その中で、クライアントさんにも更なる葛藤が生まれてくると思います。

「正直、お金を払っていく意味があるのか」とかね。そういうものをさらに扱いながら面接を深めていくかなぁとなんとなく想像してみました。

皆さんの意見もきかせてください

偉そうに話していましたが、これが絶対ということはありません。もし、皆さんも「私はこう思う」「私だったらこうする」というのがあれば是非聞かせてください。そのやり取りの中でお互いの心理支援が磨かれるのかなと感じています。