精神分析(精神分析学)

心理学といえば、精神分析だと思っている方も多いのではないでしょうか。S.Freud(シグムント・フロイト)が提唱した学問です。

構成主義心理学では、「心をいくつかの要素に分けて考えられないか」というところから出発しました。ブントは内観により、実験参加者の感じていること、思っていることを報告させて、その要素は何なのかを解明しようとしました。

このような時代の流れの中で、精神分析学は生まれてきました。ゲシュタルト心理学は「心はバラバラになんかできない」と構成主義そのものに対するアンチテーゼでした。精神分析は「心っておもっていること、感じていること(=意識している世界)だけではないんじゃないの?」というところに対するアンチテーゼです。

「人の心は意識している世界だけではない=無意識の世界がある」というのが精神分析の最大の特徴になります。その理論も、無意識と意識があるということを前提にして進んでいきます。今でこそ「そんなの当り前じゃないの?」という気持ちになるかもしれませんが、当時は意識できない世界があるなんて思いもよらなかったのです。

フロイトが晩年に考えた自我の構造論によると、人の心は3つの構造からできているといわれています。これは自我・超自我・イド(エスともいわれます)の三つです。

自我:自分が意識する「自分」の部分。主に意識の世界にある。
超自我:自分の規範や両親・道徳心などの部分。無意識の部分にもあるし、意識の部分にもある。
イド:自分自身の性の欲動の部分。無意識の中にある。

人間の無意識には「とにかく性的なことがしたい!!!」という超強い欲求が渦巻いています。でも、それに身を任せると社会生活が送れなくなってしまいますので、超自我が自我にあげてよいものを選別します。精神分析ではこの「自我にあげられないもの」と「自我」との葛藤の中で不適応が起こってくると説明します。初期の精神分析では、この無意識に押し込められたものを言語化することで症状や不適応が収まると説明しました。

精神分析学の今

残念ながら現在フロイトの提唱した精神分析がすべてが学術界の中で受け入れられているわけではありません。時には批判の対象になったりもしています。しかしながら、多くの臨床家が少なくとも「無意識」の存在は認めています。そういった意味でも、フロイトの残した功績は大きいでしょう。

古典的な精神分析がそのまま受け入れられていなくても、ボウルビーの愛着理論や、エリック・エリクソンの提唱したライフサイクル論、近年日本でブームを起こしたアドラーの「個人心理学」など精神分析が与えた影響は非常に大きいです。また、それらの理論は現在もいろいろな場面で使われています。