恋愛と心理学は関係があるのか?

心理学と恋愛ってなんだかとても関係がありそうですよね。

「心理学をやっていると人の気持ちがわかる」
「心理士さんは優しいので、きっとモテるのだろう」

こんな誤解を受けることは多いです。心理士は人の心がわかる職業でもモテる職業でもありません。

もし、モテる心理士さんがいるのならば、それは心理士だからもてるのではなく、その人がモテるのです。

ちまたでは恋愛心理学なるものもあるようです。残念ながら岩国はしっかりと学んだことがないのであまりコメントはできません。しかし、週刊誌にのっているような「スキンシップをたくさんすると相手は意識する」というテクニック的なものを紹介しているのならばあまり期待はできないでしょう。どうなったら好きになるかなんて「人による」としか言えませんから。

それでは、恋愛に関して心理学は全くの無力なのでしょうか。そんなことはないのではないかなというのが岩国の意見です。「恋愛」というと、なんだかわかりにくいですが、究極のところは特定の人とどのような人間関係を築くのかという話です。「愛着」や「相手の気持ちに寄り添えるかどうか」ということは考察されている学問です。また、セックスについては快楽も伴うので学習理論からも説明ができるかもしれません。

そんなわけで、恋愛に関して全く無力な学問ではないと思います。しかし、「意中の人を好きにさせる」といったことはなかなか難しいです。「自分はどんな恋愛をしやすいのか」というパターンを考えたりする材料は提供できるかもしれません。

皆さんご存知かもしれませんが、私は小難しい話をするのは苦手です。根拠に基づいて論文を示しながら説明していくというのは苦手ですし、読んでいてもきっと面白くはないでしょう。割とカジュアルに話しますが、「気になる人はこの分野を勉強すれば詳しく載ってるよ」くらいの根拠は示したいと思います。

自己愛と恋愛

まず、恋愛を見ていくときに考えるのがナルシシズムの問題です。自己愛といったりもします。なんとなく皆さんも日常的に使っている言葉なのではないでしょうか。「あの人ナルシっぽいよねー」とか「自己愛つよそー」とか。

自己愛とは文字通り「自分を愛する力」のことです。等身大の自分を愛する力はとても健全に働きますので、それ自体が悪いことではありません。ちょっと困難が発生してくるのが理想的な自分しか愛せなくなってしまった場合です。

人間はだれしも理想の自分と、現実の自分を持っています。
「私もガッキーだったらよかったのに」と思った方は少なからずいるのではないでしょうか。ただ、現実はガッキー似とは言えず、ちょっと幸の薄い感じの女の子という方も中にはいらっしゃることでしょう。

「私はガッキーなんだ!だめ、ガッキーじゃない自分なんか認められない!!!!」

この状態が理想的な自分しか愛せなくなってしまった場合です。そうすると、ガッキー状態を作り出すために、いろいろな人と恋愛関係を持ち「モテている自分=ガッキーに近い」と感じたりします。この理想的な自分しか愛せなくなってしまった状態を大きな自己愛と呼ぶようにしましょう。

自己愛はある意味、骨と似たような構造を持っています。骨は折れると大きくなるように、自己愛は傷つくと大きくなっていきます。そういうことを考えてみると、大きな自己愛をもつということはそれだけたくさん傷ついてきたということの裏返しなのです。

ただ、大きな自己愛を持っているということは、たくさんの人にチヤホヤされないとなかなか満たされないという一面を持っている方もいます。これが魅力的な人だったりすると……恋をしたほうは傷つくことが多いかもしれませんね。

この自己愛の話は、自己心理学という分野でそこそこ詳しく語られていますが結構話は難しいです。医師の和田秀樹などは自己心理学を積極的に紹介していますので、読みやすい本も出ていると思います。